2017年7月22日土曜日

静嘉堂「曜変天目」諸説4



僕は山種美術館館長・山﨑妙子さんの好意で、その館の仕事もさせてもらっているのですが、理事会があるたびに高橋瞳さんとお会いし、ひとしきり美術談義に花を咲かせます。高橋さんは高橋公認会計士事務所の所長さんで、山種美術館の監査役をつとめていらっしゃるのですが、お話をしていると、日本文化に対する飽くなき好奇心と豊かな教養を身に付けたジェントルマンという感じを強くします。

談たまたま曜変天目に及んだとき、私見とマイブログのことを申し上げると、ご著書『日本文化入門』(小学館)を送ってくださいました。早速に開くと、「茶道と曜変天目茶碗」という一節があります。「この茶碗で茶を点てることは想像しがたく、もしそのような機会にめぐり合った時は、目から天目の星が飛び出る気分になるのではないか」というユーモラスな記述とともに、最高の曜変天目として静嘉堂文庫美術館の一碗が紹介されています。

 

2017年7月21日金曜日

三菱一号館美術館「レオナルド☓ミケランジェロ展」2


「僕の一点」は、やはりダ・ヴィンチの「少女の頭部 <岩窟の聖母>の天使のための習作」です。鳥肌が立つような素晴らしさは、とても人間業とは思えません。じっとながめているうちに、パブロ・ピカソの古典主義時代の作品が脳裏に浮かんできたのでした。

そしてピカソはこの作品を、あるいはこのようなダ・ヴィンチの素描をきっと見ていたにちがいないと確信するに至りました。しかしダ・ヴィンチが神業であるのに対し、ピカソはあくまで人間業に止まっている――しかしその最高の高みに達していると感じたことでした。

ダ・ヴィンチやミケランジェロの絵画論から一節を抜き出したパネルからも、大きな示唆を受けました。一番興味深かったのは、ダ・ヴィンチの模写に関する考え方でした。それは斎藤泰弘訳『レオナルド・ダ・ヴィンチ 絵画の書』(岩波書店 2014)から採ったことを教えてもらったので、その「63 画家の教則」を全文引くことにしましょう。

静嘉堂「曜変天目」諸説3



しかし、曜変天目が窯を出てすぐさま消されてしまったのならば、なぜ日本に伝わってきたのかという疑問が起こります。これに対して彭丹さんは、『清波雑志』という本に登場する仲檝[ちゅうしゅう]という老人に注目します。

徽宗皇帝の大観年間、景徳鎮窯で釉薬が辰砂のごとく真っ赤になってしまった窯変が発生したとき、陶工はそれをすぐ壊そうとしましたが、仲檝がいくつかを持ち出し、人々に「定州窯の紅磁よりも鮮やかだ」と誇って見せたというのです。窯変は不吉なものだという世間一般の見方にとらわれない仲檝のような人間が、天目茶碗を焼く南宋時代の建窯にもいたにちがいないと、彭丹さんは推測しているのです。

窯変という不完全な陶磁器に対する中国人の強い忌避感は、僕もアップしたとおりですが、それを天の思想と結び付けたところが彭丹さんのすばらしいアイディアです。

 

2017年7月20日木曜日

三菱一号館美術館「レオナルド☓ミケランジェロ展」1


三菱一号館美術館「レオナルド☓ミケランジェロ展」<924日まで>

 ポスターには「宿命の対決!」という刺激的キャッチコピーが踊っています。すぐに僕は、「対決! 巨匠たちの日本美術」――略称「対決展」を思い出したことでした。2008年、『國華』創刊120周年をことほいで、東京国立博物館平成館でやった特別展です。

運慶VS快慶から横山大観VS富岡鉄斎まで、12組の対決を仕立てあげ、各々の傑作を展示して観覧者に優劣をつけてもらおうという企画でした。優劣というと、ちょっと語弊がありますね。ご自分の好悪にしたがってお楽しみくださいという企画でした。

何といっても『國華』主催記念展ですから、絶対美術史的なクオリティを担保しなければいけませんでしたが、それだけでは僕が言う美術展質量主義に反します。美術展はすぐれた質を保つとともに、量、つまり多くの観覧者を集めるように努力すべきであって、どんなに片っ方だけがすごくっても、それはいい美術展とは言えないという考え方です。

「対決展」は量の観点からも大成功でした。企画事業部の町田さんがとても喜んでくれ、『國華』近くのお店で打ち上げの飲み会を開いてくれました。秋田県人である僕の気持ちを忖度して、秋田料理の「きりたんぽ」さんでやってくれたんです!?

静嘉堂「曜変天目」諸説2


ここで取り上げるのが、第2章の「曜変天目の謎」です。詳細は本書をお読みいただくとして、日本限定現象は、古代中国における絶対的な存在である「天」と相容れないものとして起こった現象であるというのが、彭丹さんの結論です。

彭丹さんによれば、中国の製陶は、上古時代の神農、黄帝、舜など古代の聖人から始まったものとされています。したがって、製陶は陰陽五行の調和を象徴し、神聖な意味をもっていました。

しかし、この神聖な活動に、窯変という予測のできない異変が起こると、当然それは天意の現われであり、天から与えられた警告だと見なされます。したがって、窯変はどんな素晴らしく見えても、窯から出るなり砕かれる運命にありました。その変化が素晴らしければ素晴らしいほど、妖気だと見られたのです。

 

2017年7月19日水曜日

静嘉堂「曜変天目」諸説1


 さて、いよいよ曜変天目の「日本限定現象」に関する新しい情報へ進むことにしましょう。すでに田中優子さんから、この問題を論じた中国人留学生が法政大学にいたことを聞いていました。それが彭丹さんで、日本限定現象を中心に、日中陶磁比較論の観点からまとめた興味深い一書が、『中国と茶碗と日本と』(小学館 2012)です。

腰巻には、「日本人が気づかない日本文化の死角」「謎多き茶碗に秘められた中国と日本の似て非なる文化的本質を新進気鋭の中国人研究者が読みとく」とあります。僕だったら、最後に!を2つか3つ付けちゃうところですね!!! 

本書の著者紹介によると、彭丹さんは1971年、四川省重慶の生まれ、日中比較文化研究者として、法政大学社会学部の講師をつとめているそうです。研究のかたわら、茶の湯、能楽、禅などの日本文化に親しむとありますから、すでにアップしたことがあるデービッド・アトキンソンさんと同じく、もう僕など足元にも及ばない日本人だといってよいでしょう。

 

伊井春樹『小林一三は宝塚少女歌劇に……』4


楯彦は伊井さんの新著に「もっとも大阪の画家らしいと評判の菅楯彦」とあるとおり、明治から大正、昭和へと、三代にわたり活躍した大阪の画家で、その個性的風俗画は一世を風靡しました。今回とくに楯彦の名前が目に止まったのは、長い間親しくさせてもらっている日本美術史研究家で、米国・リッチモンド大学名誉教授のスティーブ・アディスさんから、ちょうど楯彦に関するメールをもらったところだったからです。

今秋、リッチモンド大学美術館で開催する特別展「Unexpected Smiles: Seven Types of Japanese Paintings」の準備をしているアディスさんは、そこに楯彦の「大阪月次風俗図」という双幅を陳列することにしたそうです。その画像を送ってくれるとともに、ちょっとした質問を添え、僕に意見を求めてきました。この双幅は楯彦の諧謔的画質がよく現われたおもしろい作品だったので、意見を述べる必要上、楯彦について少し調べてみました。

調べてみると、生き方もじつに愉快な画家であることが分かり、その双幅をぜひ見てみたい、その展覧会も一緒に楽しみたいという気持ちになりました。伊井さんの新著に楯彦が登場することを、アディスさんに即刻メールしたことは、改めて言うまでもありません。

ところで、逸翁のすぐれたコレクションをそのままに伝える逸翁美術館は、今年開館60周年を迎えます。先日、伊井さんから求められるまま、その記念図録に「逸翁絵画コレクション」というエッセーを寄稿したところです。また1111日(土)には、逸翁美術館で講演もやらせてもらうことになっています。そのタイトルや、「ひねもす蕪村を語り尽す――饒舌館長、池田へ見参!!」というのですから、果たしていかなることになるのでしょうか。本人にもよく分かりません!?

静嘉堂「曜変天目」諸説4

僕は山種美術館館長・山﨑妙子さんの好意で、その館の仕事もさせてもらっているのですが、理事会があるたびに高橋瞳さんとお会いし、ひとしきり美術談義に花を咲かせます。高橋さんは高橋公認会計士事務所の所長さんで、山種美術館の監査役をつとめていらっしゃるのですが、お話をしていると...