2017年9月25日月曜日

ネコ絵に書き加えられたオマージュ3


二つ返事で引き受けたことは、言うまでもありませんが、今村先生がお書きになった『猫談義』を読まずして、沈南蘋や徽宗のネコを語ることは、とてもできそうにありません。早速、アマゾンで検索すると一件ヒット、即「1クリックで買う」ことと相成りました。

案の定、ものすごく濃い内容です。東方書院発行の月刊誌『東方』に連載した文章を中心にまとめた300ページほどの本ですが、今村先生の博覧強記振りに、改めて驚かないではいられません。

いや、博覧強記などというと失礼に当るかもしれません。先生は「あとがき」の5ページにわたって参考文献を挙げ、このほか本文中に使用した文献367部について、別に索引を作って出典を明らかにしています。一昨年出版した拙著『琳派 響きあう美』のことを思うと、忸怩たるものがありますが、今さらどうしようもありません。

それはともかく、『猫談義』を送ってくださった岩滝さんは、本当に本が好きな本屋さんらしく、この本についての長い紹介文をみずから書いて同封してくれました。これまでネットでずいぶん本を買いましたが、こんなオタク本屋さん――いや、愛書家本屋さんははじめてです。 

心を深く動かされた僕は、アマゾンの質問機能を使って、お礼メールを送りました。すぐに返メールが来たのですが、それによると、岩滝さんは美術にも興味をお持ちになっているとのこと、とてもうれしい気持ちになったことでした。

これから時々、この『猫談義』からおもしろいネコの詩や話を紹介していくことにしたいのですが、まず初めは、やはりこれまで何度も「K11111のブログ」に登場してもらっている陸游です。

今村先生は、第一章の「縁起」を陸游の「十一月四日風雨大作」(『剣南詩集』巻26)で締めくくっています。もちろん先生は、原文と読み下しに現代語訳を添えて完璧を期しているのですが、このブログではいつものように戯訳で紹介することにしましょう。

ちなみに、陸游のネコ詩を全部知りたくて、『陸游集』全5冊を買っちゃったことはすでにアップしたとおりですが、これは1976年の中華書局版です。実はこれと同じ『陸游集』を先生も使っています。先生は必ず出典をちゃんと書いてくれるので、こんなことまで分かっちゃうのです。

風吹き荒れる川と湖[うみ] 雨が降ってて村暗く
周りの峰々山鳴りし 逆巻く波涛は吠えまくる
柴がチョロチョロ燃える部屋 粗末な毛氈[もうせん]――でも温[ぬく]い
俺はメロメロ・ネコチャンと 門 出ず家に閉じこもる

2017年9月24日日曜日

ネコ絵に書き加えられたオマージュ2


 かつて何かの必要があって、唐の段成式が撰した『酉陽雑俎』(東洋文庫)を手に取ったことがあります。『酉陽雑俎』はさまざまなおもしろい話を集めた逸話集のような本です。その翻訳者として、今村与志雄先生のお名前が深く胸底に刻まれました。

その博覧強記ぶりは、愛読する『酒の肴』や『抱樽酒話』を書いた青木正兒と甲乙つけがたく、ただただ感嘆を久しゅうするばかりでした。お二人の学風はかなり違うと思いますが、博覧強記という点では軌を一にしています。

その今村先生に『猫談義 今と昔』という名著があることはどこかで聞いていましたが、美術史の論文やエッセーを書くために絶対必要というわけでもなかったので、ネコ派の僕もそのままにしていました。

ところが今秋、静嘉堂文庫美術館で明清画名品展を開くことが、去年早くに決まりました。当然、我が館が誇る沈南蘋の名品「老圃秋容図」にも登場してもらわなければなりません。これにちなんで、ネコの絵に関する館長おしゃべりトークをやってほしいと、担当の大橋美織さんから頼まれました。

2017年9月23日土曜日

ネコ絵に書き加えられたオマージュ1


 今村与志雄先生の『猫談義 今と昔』(東方書店 1986年)に引かれている劉基という人の七言絶句があります。タイトルは「画猫に題す」、劉基は中国・明の太祖をたすけて建国に貢献した政治家ですが、儒学や史学に詳しく、また詩文をよくした文人だそうです。またまた僕の戯訳で紹介しましょう。

  青い目のネコ 黙ってりゃ 運ばれてくる魚メシ
  すわる階段のんびりと 舞ってる蝶々を見てるだけ
  吹く春風にゆらゆらと 揺れる花影[はなかげ] 伝説の
  ウズラに化ける野ネズミを 捕えもせずに知らん顔

 結句はちょっと分かりにくいのですが、中国では3月になると地中のモグラが鳥のウズラに変身すると考えられていたらしく、それを引っぱってきたものだそうです。これは中国絵画史におけるネコを考える際、結構重要な資料だと思います。『猫談義 今と昔』については、旧ブログにアップしたところですが、話の都合上、ちょっとバージョンアップを加えてここに再録しておくことにしましょう。

2017年9月22日金曜日

東京都美術館「ボストン美術館の至宝展」8


一蝶は、狩野派の本家である中橋狩野の安信に学んで、江戸前期に活躍した狩野派の画家である。しかし狩野派といっても、少し毛色が変わっている。狩野派が得意とした山水や花鳥、あるいは和漢の古典的人物より、江戸の都市風俗を好んで描いた。そのため、狩野派から破門されたという伝説を生んだほどである。

一蝶は吉原遊郭に出入りし、幇間のようなことをやりながら画家として生活していた。そして遂に、幕府の要人に遊女を身請けさせたりしたものだから、伊豆七島の三宅島へ島流しに処せられてしまう。当時は五代将軍綱吉の時代で、その生類憐れみの令に違反したためという説もあるが、真相は善からぬ幇間行為の方にあったらしい。

三宅島では、画家としての活動も認められていたようで、島流し時代の作品が伝えられている。それらは島一蝶と呼ばれて、コレクター垂涎の的となっているのだが、「布晒舞図」は島一蝶の代表作として、早くから重要文化財にも指定されてきた。

歌舞伎役者が招かれた武家の座敷で披露する舞踏の一瞬である。絶海の孤島で、楽しかった江戸の生活を回想し、望郷の念にとらわれる一蝶の姿が、その「牛麻呂」という落款に象徴されている。

十一年後、大赦により江戸に戻ることができた一蝶は、このような風俗画から手を引いて、真面目な狩野派絵師に変身する。いま東京都美術館で開かれているボストン美術館名品展では、かつて私も参加した悉皆調査で発見された一蝶の「仏涅槃図」が目玉作品となっているが、これは変身後の大作である。

2017年9月21日木曜日

東京都美術館「ボストン美術館の至宝展」7


先日、テレビ東京の「美の巨人たち」でこの「仏涅槃図」が取り上げられ、僕もコメンテーターとして引っ張り出されたのですが、見ていただけましたでしょうか。ディレクターの小田一也さんにとって、これがデビュー作とのことです。僕のコメントはともかく、とても分かりやすく、またおもしろくまとめられていたと思います。小田さんには、この調子で頑張っていただきたいと祈念しています。

現在、畏友・小松大秀さんが館長をつとめる秋田市立千秋美術館では、「遠山記念館名品展 至高の日本美術」<115日まで>が開かれています。小松さんに求められるまま、秋田県立近代美術館時代ずいぶんお世話になった『秋田魁新報』に、「至高の江戸絵画 遠山記念館名品展に寄せて」という紹介エッセーを書きました。

ここでは「僕の三点」として、英一蝶の「布晒舞図」と呉春の「武陵桃源図巻」、岡田半江の「春靄起鴉図」に焦点を絞ったのですが、一押しは何といっても「布晒舞図」、その一節を引用することにしましょう。その終わりに、同じ一蝶による大作として「仏涅槃図」に対する言及があるものですから……。

2017年9月20日水曜日

東京都美術館「ボストン美術館の至宝展」6



 宗珉は今でいうところの潔癖症で、一流のちゃんとしたものしか絶対口にしませんでした。あるとき一蝶は、近所のお菓子屋で売っている麁品の餅――これまた今の言葉でいえば激安粗悪食品というところでしょうか、そんな餅を出して自分が食べたあと、君も一つ食えよと勧めました。


宗珉がやむを得ず、我慢しつつ飲み込むようにして食べるのを見て、一蝶はクスクスニヤニヤ……。そんなことをやって、潔癖症の宗珉をからかったそうです。絶海の孤島ともいうべき三宅島で10年以上も暮した一蝶にとって、マイソフォビアなんてチャンチャラおかしかったのでしょう。


その後「仏涅槃図」はボストン美術館で修理が施され、見違えるようにきれいになりました。僕も18年ぶりに見て、驚かずにはいられませんでした。また軸木から、正徳三年初春という墨書銘が見つかったことも、うれしいニュースでした。


展覧会カタログには、この修復事業の報告と、神戸市立博物館の石沢俊さんによる新知見が載っていますので、ぜひ一読をお勧めしたいと思います。できたら僕の『國華』拙論も一緒にね(笑)
 

2017年9月19日火曜日

東京都美術館「ボストン美術館の至宝展」5



 幕末には江戸の芝にあった青松寺という寺の塔頭、吟窓院の寺宝であったことが、これまた墨書銘によって明らかになるのですが、その後この塔頭を出て、アーネスト・フェノロサらによりボストン美術館のコレクションとされたのでしょう。


この「仏涅槃図」の軸頭も見所の一つです。町彫りの開祖として尊敬を集め、当時の彫金界で高い人気を誇った横谷宗珉が、その先端に唐獅子を彫って、サインと一種のモノグラムである花押を加えているからです。下絵は一蝶によるものと見て間違いなく、二人のコラボ作品だといってもよいでしょう。


今回の至宝展では、展示ケースの横に小窓を作って脇から照明を当て、この彫り物がよく見えるように工夫されています。展覧会に足を運んだ方は、忘れずに見てきてくださいね。


伝統に飽き足らず、その枠外に飛び出したという点で、一蝶と宗珉はよく似ていたせいでしょうか、無二の親友でした。一蝶が島流しにあっていた間、お母さんの妙寿を世話していたのは宗珉だったそうです。

ネコ絵に書き加えられたオマージュ3

二つ返事で引き受けたことは、言うまでもありませんが、今村先生がお書きになった『猫談義』を読まずして、沈南蘋や徽宗のネコを語ることは、とてもできそうにありません。早速、アマゾンで検索すると一件ヒット、即「 1 クリックで買う」ことと相成りました。 案の定、ものすご...