2017年4月23日日曜日

五山文学の春9


絶海中津「永徳壬戌の春、松間居士の枕流亭の諸作を拝観す。前韻を追和して、楮尾に贅すと云ふ」(『蕉堅藁』№95
  流れの水も松風も 昼夜分かたず清々し
  盧生みたいにちょっとだけ ウトウトしてたら目が覚めた
  銘木茂るかの平泉[へいせん] 樵夫[きこり]みたいな俺知らず
 しかしこの画を見ていたら そこに遊んだ気になった

 永徳2年(1382)の春に読まれた七言絶句です。このころ絶海は甲斐の慧林寺の住持でした。松間居士が誰かは判らないそうですが、その枕流亭を描いた画巻を見せてもらったところ、松間居士みずから題した詩がありました。そこで絶海は、その詩に和して――つまりその脚韻を踏襲しながらこの七言絶句を作り、巻末に書き足したというわけです。

「邯鄲一炊」は、唐の小説『枕中記』に出る有名な逸話ですね。官吏登用試験に落第した盧生という青年は、趙の邯鄲で、道士呂翁から枕を借ります。それは何でもいい夢が見られるという不思議な枕でした。

盧生がその枕で眠りに落ちると、トントン拍子に出世して、大富豪になりましたが、目覚めると枕辺の黄粱がまだ煮えていないほど短い間の夢であったという故事です。人生における立身出世ははかなく、栄枯盛衰に一喜一憂するのは馬鹿げたことだと教えてくれるのです。なお「平泉」は、唐のすぐれた政治家で、日本からの留学僧・円仁とも接点をもった李徳裕が造営した壮大な庭園だそうです。

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