2017年8月27日日曜日

ひらがな刻んだ平安の土器1


ひらがな刻んだ平安の土器

 826日の朝日新聞に、「ひらがな刻んだ平安の土器」という見出しで、山梨県甲州市塩山下於曽にあり、平安時代と推定されている「ケカチ遺跡」の居館跡から、和歌を刻んだ10世紀半ばの土器が見つかったというニュースが載りました。日本文化史上のビッグニュースです!! 

土器を調べた山梨県立博物館館長・平河南さんの、「中央から地方へのひらがなの伝播を知る上できわめて重要だ」という談話も添えられています。さすが地方美術館の館長さんです。

それは甲斐型土器と呼ばれる素焼きの土師器の皿で、直径は約12センチだそうです。その内面に、一文字の欠損部分を含め、31文字が5行にわたって刻まれているとあり、カラー写真でもかなりはっきりと読むことができます。平川さんによると、ひらがなが成立したとされる『土佐日記』(935年ごろ)に近い時期の一等資料です。

新聞に添えられた釈文は、「われによりおもひくゝらむしけいとのあはすや<み>なはふくるはかりそ」となっています。<み>は欠損部分のため推定したものであり、<ゝ>は<る>かもしれないとあります。この和歌は、『万葉集』などにないオリジナルの和歌だそうです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

横浜美術館「石内都展」と山口百恵2

坂道も、草原も、ドブ板横丁も、米軍に入りこまれたことによって仕方なく変らざるを得なかったあの街の、独特の雰囲気が、その写真の中では、陰となって表わされていた。哀しかった。恐怖さえ抱いた。 同じ街が見る側の意識ひとつでこんなにも違う。私の知っている横須賀は、これほどまで...