2017年12月14日木曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」7



サントリーが出たついでというのも何ですが、もう一つ「僕の一点」を加えさせてもらいましょう。それはサントリー美術館所蔵の「栓付瓶:日月花鳥」です。一対の徳利型ガラス瓶で、表面にエナメルで日月と花鳥が絵付けされています。作者は「フランソワ=ウジェーヌ・ルソー(?)」となっているので、確定的ではないようですが、作ったのがエスカリエ・ド・クリスタル社であることは確実らしく、これには「?」がついていませんでした。

制作年代は1880年から1885年にかけてといいますから、まさにジャポニスム全盛時代、瓶のフォルムも絵付けも、日本からの圧倒的影響を物語っています。作者が誰にしろ、とてもみごとな美質を示しています。

思わず、「片っ方でいいからほしいなぁ!!」と、溜め息が出てしまいました。しかし、美質だけではなかったのです。よく見ると、栓と口の内側が磨りガラスになっていて、ちょうど昔の薬瓶みたいに、ピッタリと閉まり、しかも抜きやすい構造になっているんです。いよいよ欲しくなりました。

2017年12月13日水曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」6



「パリ♡グラフィック」で見た版について、僕は「そこに飼われていたと思われる2匹のネコをモチーフにしています。1匹はキャバレーの名と同じ黒ネコ、1匹は三毛ネコです。背景を描かずにネコを右側に寄せ、左3分の1ほどを余白に残した構図がとても洒落ています」と紹介しました。

ところが、「北斎とジャポニスム」に出陳されている版では、その余白だったところにフランス語で何やらゴチャゴチャと書かれているのです。そもそも、タイトルが異なっています。前者が「ボディニエール画廊にて」だったのに対し、後者は「ポスター スタンランの素描と油彩画展」となっています。

しかしこれでよく分かりました。ボディニエール画廊で開催されたスタンランの素描・油彩画展のポスターだったんです。前者はまずネコだけを刷った試し刷りのような版だったのに対し、後者は左側の余白にその展覧会名や日時場所を印刷した完成バージョンなのです。

「饒舌館長」の主要テーマはもちろん美術・アートですが、三大サブテーマはネコと酒と音楽です。そのネコと酒が意外なところで結びついたのでした。なぜなら、この完成バージョンは、大阪新美術館建設準備室に寄託されるサントリー・ポスター・コレクションだからです(笑)

2017年12月12日火曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」5



その馬渕さんがやがて国立西洋美術館の館長さんとなり、この特別展「北斎とジャポニスム」を企画し、先頭に立って準備を進めてきたわけですから、拝見しないわけにはいきません。さすが馬渕さん!! 北斎とジャポニスム時代の西欧画家における図様の相似を丹念に調べ上げて、見るものを「なるほど!!」とうならせるのです。

しかし、それ以上に重要なのは、ものの見方や色彩の使い方、あるいはタブローというもののとらえ方、つまり絵画という造形芸術に対する感覚や観念において、北斎が彼らに決定的な影響を与えた事実――それが抜かりなく指摘されていることです。ぜひ期間中に西洋美術館へ足を運び、馬渕さんにリードされながら、しかし最後はご自身の眼と感性で楽しまれることをお勧めしたいと思います。

「僕の一点」は、テオフィル・アレクサンドル・スタンランによる2匹のネコを描いた多色刷りリトグラフです。何だ?このあいだ三菱一号館美術館「パリ♡グラフィック」展で取り上げたヤツじゃないかなんて思わないでください。ネコはまったく同じですが、異なるバージョンなんです。

2017年12月11日月曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」4



北斎研究者からみれば、「こりゃー一体なんぼのもんじゃ?」というような『日本の美術』№367が出来上がりましたが、一般的には評判がよかったらしく、テレビの「日曜美術館」から声がかかったのも、いまだに時々北斎トークショーに呼ばれるのも、みんな小林さんのお陰です。

ご存知のように、『日本の美術』シリーズの巻末には、余禄というか、アペンディックスというか、グリコのおまけみたいなページが用意されていました。最初から僕は、ジャポニスム研究ですばらしい仕事を続けていた馬渕明子さんに、「特別寄稿」をお願いしようと決めていました。

電話をかけると快諾を得たうえ、すばらしい論文「葛飾北斎とジャポニスム」を頂戴することができました。間もなく馬渕さんは、それまで発表したジャポニスム論を集めて『ジャポニスム――幻想の日本』(ブリュッケ 1997)という刺激的な本を出版し、送ってくれました。ページを開くと、その論文が最終章に収められているではありませんか。こんなうれしいことはありませんでした。

 

2017年12月10日日曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」3


「何といっても北斎だ」なんてホザいている僕は、悪趣味の権化ということになるわけですが、「趣味嗜好は先天的なものである」という命題を、そのまま楽之軒先生にお返しして、先天的のどこが悪いと居直るしかほかに途はなさそうです。

しかし改めて考えてみると、僕が北斎を好きなのは、絵がすばらしいこととともに、頭抜けておもしろいからかもしれません。つまり、北斎はいろいろなことを考えさせてくれるんです。多湖輝先生じゃありませんが、「頭の体操」が楽しめるんです。

1996年、小林忠さんから、「河野さんはいつも北斎北斎といっているから、今度出す至文堂版「日本の美術」浮世絵シリーズの『北斎と葛飾派』を担当してほしいんだ」と頼まれたことがあります。

「北斎は好きだけど、すでに菊地貞夫さんの『北斎』がこの『日本の美術』にあるし、浮世絵トリビアリズムは素晴らしいけれど、僕の手に余る方法論なので、好きなように書いて構いませんか?」と聴いたところ、もちろんそれで結構だという返事だったので、喜び勇んで執筆に取り掛かったことを思い出します。

2017年12月9日土曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」2



それにも拘わらず彼が北斎画をアメリカで画学の教科書としたのは、色彩の一標本としただけで、彼の嗜好の広重に在ったことは、アメリカで彼が開いた浮世絵展覧会の解説書によって極めて明白である。西洋人でもフェノロサのような趣味の高い人のあることは心強い。この人が明治11年に日本に来て、日本古代美術の世界に冠たるを賞揚し、併せて後継者として岡倉天心を育てたことも、その趣味のよさを知って、よかったよかったと始めて安心がつく。

 これは「趣味について」という章の一節です。「趣味嗜好は先天的なもので後天的な学問知識のどうすることもできない領域である」「人の趣味のよしあしは持って生まれた宿命で、どうすることもできない」という持論の証明として、北斎と広重が持ち出されている箇所です。

2017年12月8日金曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」1


国立西洋美術館「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」(2018128日まで)

 キャッチコピーは、「モネ、ドガ、セザンヌ…… みんなHOKUSAIに学んだ。」――でも<衝撃>なんですから、最後は「。」じゃなく、「!!」が欲しかったなぁ!! それはともかく、数多い浮世絵師のなかから僕が一人選ぶとすれば、やはり葛飾北斎ですね。何といっても、作品が頭抜けてすばらしい。もっとも、尊敬して止まない脇本楽之軒先生は、名著『日本美術随想』のなかで、つぎのように述べています。

失礼ながら貴君は北斎がお好きでしょうか、広重がお好きでしょうかと人にきいて見ることがある。これは長い間の経験から帰納し得た趣味試験の一法で、大抵の場合はずれッこない。気の毒なことに北斎の趣味はよくない、言い換えれば悪趣味の権化だ。北斎を再認識したのは西洋人で、その意味で西洋人は救われないと即断したくなるが、さればとて西洋人は皆が皆、北斎好きとは限らず、アメリカ人のフェノロサの如きは北斎の下俗の趣味を罵っている。

 

2017年12月7日木曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」7



父親ジョージの影響が強かったのでしょう、イアン・モリソンもジャーナリストとなり、海外特派員として活躍、香港にいたときハン・スーインと出会って恋に落ちたというわけです。その分野では父親ほど偉大じゃなかったかもしれませんが、父親と同じく、いや、それ以上に素晴らしい人生だったんじゃないでしょうか。

そんなことを考えながら、モリソン文庫再現展示の片隅にあった小さなキャプションと写真をながめ、それからきわめて興味深く、また教えられることばかりの展示を見て回りました。1995年、香港大学から講師として招かれたとき、もしこのことを知っていたら、「モリソン文庫」に思いを馳せながらヴィクトリア・ピークに登り、スター・フェリーに乗ったことでしょう。

それはともかく、万一「東方見聞録展」の人気がイマイチというようなことがあったら、つぎには「慕情展」をやったらどうでしょうか。お爺ちゃん、お婆ちゃんで何時間待ちということになるのではないでしょうか(!?)

2017年12月6日水曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」6


解説によると、とくに影響力が大きかったのは、イエズス会士のジョアシャン・ブーヴェだったみたいですね。いずれにせよ、僕にとっては驚愕の事実でした。だから、これからちょっと調べてみようかなぁと思っているところなんです。

実はもう一つ驚いたことがあります。あの名曲とともに忘れることができない名画「慕情」――そのヒーローであるアメリカ人特派員マーク・エリオットのモデルが、「モリソン文庫」のモリソンの長男だったという事実です。

あのウィリアム・ホールデン演じるマークが、「モリソン文庫」の息子だったんです。ジジェニファー・ジョーンズ演じるハン・スーインとのラブシーンを、いつまでも僕の心に残してくれているマークが、「モリソン文庫」の遺児だったんです。本当の名前はイアン・モリソンといいました。

2017年12月5日火曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」5


 特に驚いたのは、キリスト教のなかに、儒教との共通性を認めようとする「象徴派」なる一派――英語では「フィギュリズム」というようですが、そういう一派が存在したという事実でした。

そんなバカな!! キリスト教は人間を超越した絶対神を頂点とする宗教であり、儒教は人間社会に最高の価値を認める宗教ではありませんか。そもそも儒教が宗教かどうかはきわめて疑問であって、むしろ哲学、さらにいえば人生哲学に近いのではないか――僕はこんな風に考えてきました。

それがなんと、なんと、両者には交響する思想が潜んでいるというのです。もしこれを中国人が言い出したのなら、僕も驚きませんよ(!?) しかしこの場合、主張したのは西欧のイエズス会だったのです。

2017年12月4日月曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」4


「僕の一点」はジョセフ・アンリ=マリー・ド・プレマールが1731年に著わした『易経』です。これを選んだ理由は、『易経』そのものというより、カタログ解説を読んですごく驚いたからです。驚いた理由は、まったく僕の知らないことばかりだったからです。というわけで、僕なりの解説はとても無理、カタログの全文をそのまま引用することをお許しください。

著者のプレマール(1666-1736)はフランス生まれのイエズス会士で、清朝の康熙帝治下の中国東南部で布教活動に従事しました。しかし、康熙帝崩御後の雍正帝による禁教政策を受けて、1724年には他の宣教師とともに広州へ追放され、ついで1733年にはマカオへ追放されました。

プレマールは先輩のイエズス会士ブーヴェの薫陶を受け、儒教の基本書である五経にキリスト教の教えが秘められているとする「象徴派Figurism」思想の影響を強く受けていました。本書は広州に追放されている間に執筆した著作の一つで、五経の筆頭である『易経』のエッセンスを平易に解説しています。

プレマールらイエズス会士がもたらした中国の古典や社会に関する情報は、同時代のヨーロッパにおける啓蒙思想の発展に少なからぬ影響を与え、近代市民社会の成立を間接的に促すこととなりました。

2017年12月3日日曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」3


 モリソンはオーストラリア出身のジャーナリストです。19世紀末から20世紀初頭にかけて北京に暮らし、前半はタイムズ社の海外通信記者として、後半は中華民国の政治顧問として活躍しました。そのころから日本と関係浅からぬものがあり、第一次世界大戦では、日本の21か条要求を巡る交渉、参戦、講和などにかかわって、大きな役割を果たしたそうです。

モリソン文庫の価値については、この企画展カタログに、「モリソンの蔵書には、激動の時代を見つめ、最新のアジア情勢をヨーロッパへ発信し続けた人物ならではの視点と、すぐれた蔵書家のこだわりが反映されています」と書かれている通りです。アヘン貿易に対する反対の立場や、『李鴻章日記』への書き込みなどをみると、貫通する人間的な政治感覚をそこに加えたいとも思います。

東洋文庫は日本最初の東洋学専門図書館であり、現在では、イギリスの大英図書館、フランスの国立図書館、ロシアの東洋学研究所、アメリカのハーバード大学・エンチン図書館などとともに、世界5大東洋学研究図書館のひとつに数えられているそうです。

2017年12月2日土曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」2


塘沽と聞いて、僕は1997年の冬を思い出しました。そのころ、天津・南海大学から招かれて2つばかり日本美術の講演をやったのですが、フリーデーの1211日、天津港へ出かけることにしました。一度乗ってみたいとあこがれていた鑑真号の姿だけでも見られるかもしれないと思ったからです。小型バスで塘沽へ、そこで乗り換えて天津新港へ向かいました。

残念ながら鑑真号は入港していなかったので、すぐに港の大衆食堂へ……。旅日記を引っ張り出してみると、「ビール3缶、鹹蛋、松花蛋、五香鶏蛋を食す」と書いてあります。ひどく風が強く、また寒かったので、白酒の二鍋頭[アルゴート]をやったように記憶していましたが、なぜかビールだったらしい。

それはともかく、僕のブロークンチャイニーズで店の中年女性主人とすごく盛り上がりました。だから旅日記にもちゃんと書いてあります。「五香鶏蛋は店の女主人のオゴリ」(!?)


2017年12月1日金曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」1


東洋文庫ミュージアム「モリソン文庫渡来100周年 東方見聞録展 モリソン文庫の至宝」(201818日まで)

 東京の本駒込にある東洋文庫は、わが静嘉堂文庫と姉妹の関係に結ばれています。静嘉堂文庫が三菱2代社長・岩崎弥之助により創られたのに対し、東洋文庫はその甥にあたる3代社長・岩崎久弥により開かれたものだからです。これまで僕もずいぶん利用させてもらったことについては、旧ブログにもアップしたところです。

100万冊をこえる蔵書の中核を占めるのが、1917年、久弥によって購求された「モリソン文庫」です。モリソン文庫は、ジョージ・アーネスト・モリソンが収集したアジア関係の洋書、地図、絵画資料のコレクションで、約24千冊、現在では入手不能の貴重なものが数多く含まれています。

身銭を切ったのは久弥でしたが、その陰の功労者は、東洋史学者・石田幹之助でした。もし石田がいなかったら、久弥がどんなにカネを積んだとしても、モリソン文庫を入手することはできなかったでしょう。191798日、57個の木箱に収められたモリソン文庫は、北京のモリソン邸を出発、貨車で天津の外港である塘沽[タンクー]へ向かいました。

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」7

サントリーが出たついでというのも何ですが、もう一つ「僕の一点」を加えさせてもらいましょう。それはサントリー美術館所蔵の「栓付瓶:日月花鳥」です。一対の徳利型ガラス瓶で、表面にエナメルで日月と花鳥が絵付けされています。作者は「フランソワ=ウジェーヌ・ルソー(?)」となって...